2017年5月27日土曜日

絵本はここから始まった~ウォルター・クレインの本の仕事

千葉市美術館の「ウォルター・クレインの本の仕事」展に行ってきました。
ウォルター・クレイン(1845-1915)の原画140点あまりが展示されています。

千葉駅から徒歩20分。1時間に1本だけ駅までバスが出ています。
中央区役所と同じビルのなか、7階8階がギャラリー。


イギリスのヴィクトリア時代は、絵本の花が開いた時代でした。
「子どもたちには、最高の絵本を手渡すべきである」という意識がはじめて生まれた時代です。

モーリス・センダックによるとーーーー
ヴィクトリア時代というのは、印刷に関して実験が試みられ進展していく中に喜びがあった時なのです。この時、イギリスではじまりつつあった絵本現象にも関係することですが、職人の技と徒弟関係とが本当の意味で存在していた時代でした。私はこの時代をいつもこう思うのです。エネルギーが燃え上がるような噴出した時代であったと。まさにこの時代に、芸術と才能と経験がそこにあり、すべてが一同に集結し、爆発した時代であったと。(Victorian Color Picture Book)

当時彫版師は大変重要な仕事でした。木口木版の版木の上に画家が絵を描き、彫版師がその絵どおりに線や点を彫上げ、印刷台に版木を置いて機械でプレスする。この時代の絵本の絵を見るときに注意しなければならないのは、読者は画家の絵を見ているのではなく、その絵を彫版した人の技をみているのであると、正置友子さんは著書で述べています。ー『イギリス絵本留学滞在記』正置友子著

ウォルター・クレインは彫師・印刷師のエドマンド・エヴァンス(1826-1905)と出会い、二人で1865年から約10年間トイブックス(500円程度の絵本)製作に没頭しました。モノクロだった木口木版で、カラーの美しい絵本を子どもたちに作りたい・・・なんどもなんども実験を試みるエヴァンス。
少しでも安価にするため紙質を落とし、色数を落とし、色の出し方や効果的な見開きページの構図など、より美しくするための工夫をする。センダックの言葉を借りれば、まさに二人のエネルギーが燃え上がるように噴出して生み出されていったんだなぁ。そう思ってみるだけでどきどきする。

エドマンド・エヴァンスは研究熱心な彫版・印刷師であっただけではなく、優秀なアートディレクター・名絵本編集者でもありました。ウォルター・クレインがトイブックスから身をひいた後、エヴァンスはコルデコット(1846-1886)やケイト・グリーナウェイ(1846-1901)と引き続きトイブックスを製作します。才気あふれるコルデコットの絵本は十万部のベストセラーになり、ヴィクトリア時代最高の絵本を生み出しました。

展覧会では、コルデコットとケイト・グリーナウェイの原画も展示されていました。
クレインの作品を見た後でコルデコットの原画をみると、その違いもよくわかりました。洗練された軽やかさと動きやリズムを感じる線。カラーもより繊細に表現できるようになっていてページ数も増加、印刷技術の進歩が感じられました。
本当に見入ってしまって、あっという間の3時間。


私の一番好きな1枚。「ながぐつをはいたねこ」の一場面。
猫をもらった三男坊はクレインの自画像だそうです。
クレインは黒を印象的に使う浮世絵に惹かれていました。それで猫を黒猫にしたのでしょうか。私は実家で長いこと黒ネコを飼っていたので、黒猫をみると胸がキュンとしてしまいます。クレインの「ながぐつをはいたねこ」の復刻本は絵に惹かれて衝動買いして持っていましたが、原画に比べると英字部分は白抜だし、その魅力は到底及ばず。。原画欲しい(笑)


いつも病院近くの山にいるノラの黒猫❤

絵と文章とそして印刷技術によって完成する絵本は、どれか一つ欠けてもいいものができません。クレインの時代は、文章は既存の昔話やわらべうた(ナーサリーライム)、ABCの本などが主流でした。エヴァンス工房も息子の代になると、写真製版にとってかわり彫版師は不要となります。エヴァンスが試行錯誤した印刷技術の向上もむなしく職人の技術は衰退してしまいますが、絵本というメディアを確立し価値を高めた功績は大きく、現代につながっています。

彫版を考えて絵を描く画家と、印刷の仕上がりを頭にいれながら彫版し印刷する職人のコラボで生まれた絵本は、この時代だからこそ生み出された芸術作品であり貴重な文化財なのだなとしみじみ思いました。

絵本は高い額装に入る高価な美術品ではありません。
しかし長く読み継がれてきた絵本は、誰でも手にとって出会える身近な芸術品です。
子どもは可愛いし大好きだけれど、いい絵本に出会えなかったら子育てを楽しめたかどうか。。悩みばかりだったかもしれない(笑)
素敵な絵本を生み出してくれた偉大な先人たちにあらためて感謝しました。


『イギリス絵本留学滞在記』
正置友子 著 風間書房

前半は留学中のイギリスでの生活体験、
後半は印刷技術について、
木口木版と浮世絵の板目木版の違いなど
わかりやすく書かれていてとても勉強になりました。
クレインの絵についでも丁寧に解説がついています。




『センダックの絵本論』
モーリス・センダック著 岩波書店

知らないことがあると、すぐ調べるバイブルのような本。
批判精神も旺盛で的確で面白い。宝物です








寝過ごしもいれると、往復5時間・・・1日がかりでしたが、大満足でした。

展覧会は28日まで。
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2017/0405/0405_press.pdf